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大分のニュース
10月5日(月) のニュース
2026年10月5日(月) 19:00
「おかえり」を信じて地元へ 中西麻耶選手が引退 大分で最後の跳躍
パラ陸上の走り幅跳びで輝かしい成績を残してきた中西麻耶選手が、競技人生に幕を下ろしました。
最後の舞台に選んだのは、地元、大分でした。
3日、大分市のジェイリーススタジアムに姿を現した中西麻耶選手。
最後の跳躍に挑むため、入念にアップをする姿がありました。
由布市出身の中西選手は2006年、仕事中の事故で大けがをし右足のひざから下を失います。
翌年から陸上競技選手となり、その後走り幅跳びに転向。
2019年の世界選手権で金メダルを獲得するなど、20年にわたって第一線で活躍してきました。
中西選手は9月2日、自身のSNSで引退を表明。
「これからの人生を考えたとき、まだ新しいことに挑戦できると思えた今だからこそ、次の人生へ踏み出す決断をしました」と、その理由を明かしました。
中西選手が現役最後の試合に選んだのは、地元・大分での秋季陸上競技大会でした。
■中西麻耶選手:
「ここの土地から全てが始まっていて、それでもおかえりって言ってくれるって信じていたから帰りたくなりました」
見事決勝進出。いよいよ最後のジャンプです。
最後の試合は、2回目に飛んだ4メートル69で8位に入り競技人生を締めくくりました。
■中西麻耶選手:
「とにかく最後、悔いの残らない跳躍だけしようと思って、ピットに立ちました。正直解放されたという気持ちはものすごくある。練習がこれで間違ってないかなど、悩むこともしなくて良くて」
引退後に挑戦したいことについては。
■中西麻耶選手:
「頑張りたいんだけど、どう頑張っていいかわからなかったり、頑張りたいんだけど諦めかけてる人の背中を押して、寄り添ってあげられる人になりたい」
多くの記録を残した中西麻耶選手ですが、順風満帆という競技人生ではありませんでした。
由布市出身の中西選手は、2006年、仕事中の事故で右足のひざから下を失いました。
もともとはテニスの選手でしたが、パラ陸上に転向します。
ただ、非常に苦しんだ時期もあったそうです。
2012年のロンドン大会後には引退を決意しました。
その翌年には復帰し、再び、世界の舞台に飛び込みます。
資金面などで苦労して、思うように結果が出ない時期もありましたが、挑戦を続けました。
そして、世界の舞台で大きな結果を残します。
2017年の世界パラ陸上で3位。
翌年のアジアパラ大会と2019年の世界パラ陸上では見事優勝し、金メダルを獲得しました。
努力が実を結び、5大会連続でパラリンピックに出場しました。
今後について中西選手は、「まだ決まっていない。すごい指導者、先生と言われるより、寄り添ってくれるお姉さんというようなポジションで何かができたら。競技人生は、納得のいく幸せな時間を過ごすことができた」と、会見で感謝の気持ちを表していました。
私たちも中西選手に感動をもらいました。
本当にお疲れました。これからの活躍にも期待しています。
最後の舞台に選んだのは、地元、大分でした。
3日、大分市のジェイリーススタジアムに姿を現した中西麻耶選手。
最後の跳躍に挑むため、入念にアップをする姿がありました。
由布市出身の中西選手は2006年、仕事中の事故で大けがをし右足のひざから下を失います。
翌年から陸上競技選手となり、その後走り幅跳びに転向。
2019年の世界選手権で金メダルを獲得するなど、20年にわたって第一線で活躍してきました。
中西選手は9月2日、自身のSNSで引退を表明。
「これからの人生を考えたとき、まだ新しいことに挑戦できると思えた今だからこそ、次の人生へ踏み出す決断をしました」と、その理由を明かしました。
中西選手が現役最後の試合に選んだのは、地元・大分での秋季陸上競技大会でした。
■中西麻耶選手:
「ここの土地から全てが始まっていて、それでもおかえりって言ってくれるって信じていたから帰りたくなりました」
見事決勝進出。いよいよ最後のジャンプです。
最後の試合は、2回目に飛んだ4メートル69で8位に入り競技人生を締めくくりました。
■中西麻耶選手:
「とにかく最後、悔いの残らない跳躍だけしようと思って、ピットに立ちました。正直解放されたという気持ちはものすごくある。練習がこれで間違ってないかなど、悩むこともしなくて良くて」
引退後に挑戦したいことについては。
■中西麻耶選手:
「頑張りたいんだけど、どう頑張っていいかわからなかったり、頑張りたいんだけど諦めかけてる人の背中を押して、寄り添ってあげられる人になりたい」
多くの記録を残した中西麻耶選手ですが、順風満帆という競技人生ではありませんでした。
由布市出身の中西選手は、2006年、仕事中の事故で右足のひざから下を失いました。
もともとはテニスの選手でしたが、パラ陸上に転向します。
ただ、非常に苦しんだ時期もあったそうです。
2012年のロンドン大会後には引退を決意しました。
その翌年には復帰し、再び、世界の舞台に飛び込みます。
資金面などで苦労して、思うように結果が出ない時期もありましたが、挑戦を続けました。
そして、世界の舞台で大きな結果を残します。
2017年の世界パラ陸上で3位。
翌年のアジアパラ大会と2019年の世界パラ陸上では見事優勝し、金メダルを獲得しました。
努力が実を結び、5大会連続でパラリンピックに出場しました。
今後について中西選手は、「まだ決まっていない。すごい指導者、先生と言われるより、寄り添ってくれるお姉さんというようなポジションで何かができたら。競技人生は、納得のいく幸せな時間を過ごすことができた」と、会見で感謝の気持ちを表していました。
私たちも中西選手に感動をもらいました。
本当にお疲れました。これからの活躍にも期待しています。



