NEWS
大分のニュース
1月5日(月) のニュース
2026年1月5日(月) 19:19
がれき残る町に初日の出 佐賀関で始まった復興の年
去年、大規模な火災が起きた大分市佐賀関。
元日には美しい初日の出が上がり、復興を願う人の姿もありました。
1月1日午前7時すぎ。海から、オレンジ色に輝く美しい太陽が上りました。
初日の出のスポットとしても知られていますが、今年も多くの人が訪れました。
復興への1年が始まった大分市佐賀関。
大規模火災からもうすぐ2カ月になりますが、がれきはいまも残ったままです。
去年11月18日、普段は穏やかな漁師町。その雰囲気は一晩で一変しました。
住宅が密集する田中地区で上がった炎は、佐賀関の空を真っ赤に染め、強風に乗って街を飲み込みました。
住宅や空き家など187棟が燃え、1人が亡くなりました。
避難所となった公民館には最大で121世帯180人が避難。
■避難した住民:
「怖かったです。貴重品だけ持ってきた。とにかく外に出ないとと思って。自分が死んだら何にもならないから、とにかく逃げた」
先月末には、被災したすべての人の2次避難所が決まり、市営住宅や民間アパートでの生活が始まりました。
■田中三区 区長 山田二三夫さん:
「ここの仲間と外に出るコミュニティは全く違う。コミュニティを保ちながらいけるのか。前向きにいかないと仕方ないので、それを目指して、地域づくりをしていかないといけない」
12月31日。住民は復興を望んでいるものの、先が見通せないまま年末を迎えました。
避難生活が続く中、田中地区の自宅で年末を過ごしたいという人も。
■自宅で過ごす女性:
「みんな疲れたと思うよ。私も疲れたもん10何日(避難所に)おったけど」
そんな女性の元にあるものが届きました。
■配達員::
「おはよう、持ってきた」
■女性:
「なにを?おせち。忘れちょったな?3つな、オードブルとお寿司2個」
「私1人やけど、いつも甥っ子姪っ子が来る。だからおせちは毎年頼む」
田中地区にはいまも規制線が張られたままで、中に入るには市の許可が必要です。
■お墓参りに訪れた女性:
「(家のお地蔵さんに)お餅を上げた、鏡餅あげて缶コーヒーと羊羹を2つ。してやっとかんとな生き残ってるから」
年末、自宅の確認や墓参りに訪れる人の姿も。
毎年、佐賀関の人たちが多く初詣に訪れる早吸日女神社。
タコにまつわる伝説が残る神社です。
元日、境内に長い行列が出来ていました。お目当ては、「タコの置物」。
佐賀関氏子青年会の橋本康聖さんが毎年手作りしています。
■佐賀関氏子青年会 橋本康聖さん:
「参道に並べるために作ったものなので、神社の景観を壊さないように、少し可愛らしさも入れつつ」
もともとは境内の置物として作っていましたが、参拝客からの依頼を受け去年から販売。
今年は110個を用意し、売り上げのすべてを義援金に充てることにしました。
■橋本康聖さん:
「僕が住んでいる田中地区になるべく元住んでいた方が戻ってこれるようになれば」
地域を元の姿に…その思いで作った置物「たこびな」は、わずか40分ほどで売り切れました。
■買った人:
「めっちゃかわいい。今年受験生で、受験に受かりたいので願掛けとして選んだ」
「子どもたち3人から頼まれて。ここで見たことはあったけど、販売していたとは知らなかった」
「火事があって大変だったので、復興へのお手伝いが少しでもできればと(買った)」
そして境内には、復興への願いを込めたメッセージボードも。
早ければ、1月中旬からがれきの撤去作業が始まる予定で、徐々にではありますが、復興に向け動き出しています。
元日には美しい初日の出が上がり、復興を願う人の姿もありました。
1月1日午前7時すぎ。海から、オレンジ色に輝く美しい太陽が上りました。
初日の出のスポットとしても知られていますが、今年も多くの人が訪れました。
復興への1年が始まった大分市佐賀関。
大規模火災からもうすぐ2カ月になりますが、がれきはいまも残ったままです。
去年11月18日、普段は穏やかな漁師町。その雰囲気は一晩で一変しました。
住宅が密集する田中地区で上がった炎は、佐賀関の空を真っ赤に染め、強風に乗って街を飲み込みました。
住宅や空き家など187棟が燃え、1人が亡くなりました。
避難所となった公民館には最大で121世帯180人が避難。
■避難した住民:
「怖かったです。貴重品だけ持ってきた。とにかく外に出ないとと思って。自分が死んだら何にもならないから、とにかく逃げた」
先月末には、被災したすべての人の2次避難所が決まり、市営住宅や民間アパートでの生活が始まりました。
■田中三区 区長 山田二三夫さん:
「ここの仲間と外に出るコミュニティは全く違う。コミュニティを保ちながらいけるのか。前向きにいかないと仕方ないので、それを目指して、地域づくりをしていかないといけない」
12月31日。住民は復興を望んでいるものの、先が見通せないまま年末を迎えました。
避難生活が続く中、田中地区の自宅で年末を過ごしたいという人も。
■自宅で過ごす女性:
「みんな疲れたと思うよ。私も疲れたもん10何日(避難所に)おったけど」
そんな女性の元にあるものが届きました。
■配達員::
「おはよう、持ってきた」
■女性:
「なにを?おせち。忘れちょったな?3つな、オードブルとお寿司2個」
「私1人やけど、いつも甥っ子姪っ子が来る。だからおせちは毎年頼む」
田中地区にはいまも規制線が張られたままで、中に入るには市の許可が必要です。
■お墓参りに訪れた女性:
「(家のお地蔵さんに)お餅を上げた、鏡餅あげて缶コーヒーと羊羹を2つ。してやっとかんとな生き残ってるから」
年末、自宅の確認や墓参りに訪れる人の姿も。
毎年、佐賀関の人たちが多く初詣に訪れる早吸日女神社。
タコにまつわる伝説が残る神社です。
元日、境内に長い行列が出来ていました。お目当ては、「タコの置物」。
佐賀関氏子青年会の橋本康聖さんが毎年手作りしています。
■佐賀関氏子青年会 橋本康聖さん:
「参道に並べるために作ったものなので、神社の景観を壊さないように、少し可愛らしさも入れつつ」
もともとは境内の置物として作っていましたが、参拝客からの依頼を受け去年から販売。
今年は110個を用意し、売り上げのすべてを義援金に充てることにしました。
■橋本康聖さん:
「僕が住んでいる田中地区になるべく元住んでいた方が戻ってこれるようになれば」
地域を元の姿に…その思いで作った置物「たこびな」は、わずか40分ほどで売り切れました。
■買った人:
「めっちゃかわいい。今年受験生で、受験に受かりたいので願掛けとして選んだ」
「子どもたち3人から頼まれて。ここで見たことはあったけど、販売していたとは知らなかった」
「火事があって大変だったので、復興へのお手伝いが少しでもできればと(買った)」
そして境内には、復興への願いを込めたメッセージボードも。
早ければ、1月中旬からがれきの撤去作業が始まる予定で、徐々にではありますが、復興に向け動き出しています。




