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司馬遼太郎の世界 高島礼子の九州探訪司馬遼太郎の世界 高島礼子の九州探訪司馬遼太郎の世界 高島礼子の九州探訪

徳応寺 眼鏡橋

1867年(慶応3年)12月10日、京都・近江屋で坂本龍馬が暗殺されました。龍馬に影響を与えた人物は多く存在しますが、最大の人物は幕臣勝海舟。龍馬の将来性を見抜いていた勝は、未来の日本の道しるべを探るため(下関砲撃中止の交渉及び見聞)九州・長崎へと向かいます。
その第一歩が豊後大分の地でした。大分市佐賀関に上陸した勝一行は、江戸時代に加藤清正によって拓かれた肥後街道を熊本経由で長崎に向かいます。1864年龍馬が亡くなる3年前です。そこから僅か3年で日本初の商社「亀山社中」を設立、「薩長同盟」「船中八策」「大政奉還」と龍馬は奔走します。まさに、大事を成す第一歩が九州でした。

第一歩をしるした大分市佐賀関から長崎までの九州路の旅とは一体どのような物だったのでしょうか。その道のりを女優「高島礼子」が巡ります。約150年前に通った二人の足跡とは…

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