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毎週土曜日am9:45〜10:00 リポーター:大久保千夏
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11月7日
おおいた発!幕末文化維新〜賀来家・華麗なる一族〜
 幕末や明治維新で活躍した藩というと、「薩長土肥」を思い浮かべると思います。残念ながら豊後は入っていないですよね。しかし政治的な変革ではなく文化的な面から見てみると、実は大分に目覚ましい偉業を成し遂げた先人たちがいたのです。

  今回は、宇佐市の県立歴史博物館で開催中の「おおいた発!幕末文化維新〜賀来家・華麗なる一族」をご紹介!
 江戸末期から明治初頭にかけて、宇佐・国東を拠点に活躍した一族がいました。江戸時代には、村や町の有力者としての地位を築いていった、賀来一族。

  農業のほか、酒造鋳物業など多角的に事業を手掛け、特に、櫨蝋(はぜろう)の販売で富を築いたといいます。そこで得た利益は本を買うなどして自己研鑽に充て、勉強熱心であったことも窺えます。

 そんな賀来一族の中で、大砲鋳造により名を馳せたのが、賀来惟熊(これたけ)。

 当時は鉄製の大砲を製造することが西洋列強からの海防強化に不可欠で、日出藩の砲術家関讃蔵(せきさんぞう)を顧問に迎え、4人の息子とともに大砲の鋳造を始めます。
 まずは、鉄や銅を溶かすための反射炉の建設に取り掛かります。反射炉とは、鉄などを溶かす際に出る熱を天井や壁に反射させ、温度を上げてさらに溶解度を上げるというもの。

 1855年、試行錯誤を繰り返しながらようやく宇佐市安心院町佐田神社の境内に完成し、いよいよ大砲鋳造に移ります。境内には、今でも黒くなった耐火レンガが見られます。もちろんこのレンガも惟熊が開発したもの。また、鋳造事業に関わって作成された図面も残っています。

 資金援助を受けることなく大砲の鋳造に挑んだ惟熊。彼が作った大砲は、島原藩などに配備され、幕末の海防強化に大きく貢献することになるのです。


 そして、惟熊と同じ時代に、賀来一族の中で異彩を放ったのが、賀来飛霞(ひか)。幕末の三大本草学者の一人に数えられる人物です。

  本草学とは、現在でいう植物学のようなものですが、当時は薬になる植物を採集して観察記録をつけるという方法で調査をしていました。
 飛霞は、全国各地を旅しながら、多くの採薬記を書き残しました。由布岳で実施した採薬の成果を残した記録は3つの部から成っていて、標高によって植生が違うことを表しています。植物の説明はもちろんのこと、その絵の写実性に驚きます。

 1881年、飛霞は、我が国最初ともいわれる植物図鑑の出版に携わります。地道な研究に基づく記録から綴られたその解説の詳細さは目を見張るものがあり、出版に中心的な役割を果たしたと言えます。

 また、数々の写生図は特に注目です。彼が対象を正確に描くことに徹底的にこだわったことが分かります。植物だけでなく鳥の絵などは、まるで生きているように躍動感あふれる筆使いで描かれていました。

 近代化の一翼を担った、賀来一族。技術の革新を成し遂げた人物を多く輩出した賀来一族は、まさに幕末の「華麗なる一族」だったのです。

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